my standard

下記のスティーブ・ジョブズのスタンフォード大学卒業式での演説を聞いていて、なんだか身につまされました。
彼は大学院に在学中の未婚の母から生まれたのだけれど、生まれる前から養子に出される事は決定事項で、それは母の身分がそうだったからこそ、生まれてくる息子には 大学卒の両親の家庭 を希望していたかららしい。
「ちゃんとした」家庭で育って欲しいとの親心だと思います。

でも運命は皮肉な事に、彼の養子先は 非大学卒の家庭 になってしまった。

彼の歴史的な演説はここからはじまります。

彼女のそれまでの常識の中では、未婚のシングルマザーに育てられる子供、というイメージが湧かなかったんでしょうな。
そして あるべき家庭の形は大学卒の両親とともに 、が彼女の中では標準的な考えだったんでしょうな。

この常識、及び my standard から外れると、人間はイラッとしますね。
海外生活をしていると「ワタシの常識はアナタの非常識」という場面に何度も遭遇しますが、その度にその多寡はありますが、ストレスがたまるわけです。

公共の場では静かにしている、人に迷惑をかけないようにする、という常識を叩き込まれた日本人としては、公共交通機関内で大声で電話をしている 数多く のイタリア人を見ると、もうどうしようもなく不快なんです。
同時に注文した同一のサンドイッチの中身が 全て 違っている、という規格外なことをされると、やはり不可解な気分になるんです(諦め半分ですが)。
まあ、それに一々反応する事も少なくなってきましたが

しかしそれ以上に、ワタクシの日々のイライラの素はお察しの通り我がムスコ。
毎晩毎晩日付が変わる頃までベッドの上でゲームにインターネットにマンガ。
ギャーギャー言う母に対して不愉快な顔で罵声を返し、やぶれかぶれで椅子に座る。
まだ父がいたらマシだけれど、母子家庭中では家の中の雰囲気サイアク、口もきかない。
朝もギリギリ起こすまで起きて来ないし(自力で起きようとする気配すらない)、寝不足での不機嫌MAXで登校。
挙げ句の果てに「どうせ遅刻したって遅刻つかないんだし、いいんだよ!」と捨て台詞。
なんでこうなの???!!!



でもね。これって、my standardを当てはめようとするから、だからダメなんだ……




とこの演説を聞きながら悟らされました。

今ここで希望する高校に合格すれば、もう大学受験をしなくてもすむ。
ワタクシが体験したあの浪人生の精神的にキツい1年を過ごさなくてもすむ。
だから今頑張りなさいよ、と言い続けてきたこの半年。

その頑張る基準の比較対象が自分の浪人時代の勉強量となり、明らかにそれより少ないムスコの机に向かう時間に、毎日毎日もうどうしようもない息苦しさで発狂しそうになっておりました。
その中ですっかり高校受験と大学受験の、精神的成熟の度合いを忘れていました。
柄ばっかり大きくなっているけれど、やっぱり彼はまだ15歳。
大人の集中力を要求する事自体無理なんですな。

ワタクシだって高校受験はそんなに真剣勝負じゃなかった。
裕福な家庭でもなかったので塾にも行ったが事なく、公立高校志望だったから、私立は滑り止めでしかないからトップ校なんてハナから受ける気もなかった。
公立高校は半分内申書で決まり、行きたかった高校は元々旧制中学だった前身から女子が少なく、毎年定員割れするような受験で今から思えばお気楽だった。

一方大学は「家から通える国公立」しか選択肢がなく、たまたま大阪に住んでいたからラッキーな事に複数校は存在し、その中で奈良の大学を現役時は受験し、ダメだったら浪人させてください、と言ってたら思いっきり玉砕し、1年間K塾に通ったわけです。
これが生まれて初めての塾通いと相成りまして。
身分不安定だったあの1年が、ワタクシの人生での最初の挫折だったなあ………

あんなに精神的にしんどい事をしないですむ道があるんだから、とムスコのお尻を叩いてきたけれど、もうやめます。
my standard 押し付けても仕方ない。
全ての為していることには意味があって、それは後付けでしかわからないけれど、人生に何も無意味な事はないんだし。

彼が精神の幼さからまだ勉強する体勢になれないのなら、それはそうなんでしょう。
彼の勉学意欲のピークはまだまだこれからなんだと思いましょう。
中学入試に失敗してそれがトラウマになっているみたいだから、親としてはそこは腫れ物に触るような感覚になってしまうけれど、でも未だそのピークが来ていないのなら、もうどうしようもないね。
ここで人生が決まるわけでもナシ。

そう腹をくくるとちょっとスッキリ。