外国語が脳細胞に与える影響とは?

昨夜は、ダンナの会社のチームのメンバーである、スロヴァキア人とチェコ人と4人で家の近くで外ご飯。
ムスコは同席拒否したので、ピッツアをテイクアウトして持たせて帰らせた。

Vorrei una pizza da portare via per mio figlio.
(ムスコにピザ一枚テイクアウトしたいんですけど)

毎回少しずつだけれど、いつもよくしてくれるお店のマネージャー(?)の言っている事が、どんどん分かるようになってきているのが面白い。
この前来たのが、2月にフランクフルトから友達が来たときだから、4ヶ月前か。
ミラノに引っ越しの日に初めて来た時は、まあちんぷんかんぷんだったことからすれば、それなりの進歩だと思おう。

お店の人とはイタリア語、ゲストとは英語で会話するテンションのあがった2時間は、正直へろへろでございました。
ふっと気を抜くとあっという間に、言葉が意味を持たないただの音になってしまう。
何度も何度も心の中で深呼吸して、脳に酸素を送り込んで、音にしないように腹に力を入れる。

ワタクシは日常的に外国語を話す環境にはいない。
ただ週3回のイタリア語のレッスンのとき、家の門番さんと意思疎通しなきゃならないとき、メルカートで買い物するとき、ぐらいしか、頭を日本語から切り替える事はない。
だからああ、ダンナはこうやって毎日仕事してるんだと思うと、がんばってるんだなあと心から賞賛の念を覚えまする。
この年で外国語で生活する、ということは、脳に相当なストレスを与えていると思いますよ。

しかし、昨日英語で話しているとき、何度かイタリア語で考えてから英語に変換している瞬間があって、びっくり。
英語でなんて言うんだったっけ?って。
そして英語がでてこなーい!

シーフードの話になって、frutta di mare、ああ違う、fruits de mer違う違う、fruitsはいいけど海ってなんて言うんだっけ?マーレ、メール、メーア、まーまーまー……
「see foods?」
と横からダンナ。
本当に空白でしたさ。
情けなし。
この混乱っぷりが、またまたぐったり疲れを引き起こし。

この他からみればささやかかもしれないけれど、ワタクシにとっては相当なストレスが、退化し出した脳に活力を与えるのか、はたまた脳細胞の破滅をよりいっそう促しているのか。
それがわかるのは10年後ぐらいなんでしょうかね。

基本初対面苦手。
こう見えても引っ込み思案。

誰にも会わずひきこもっているのが、別に苦にはならないワタクシ。

それなのに、外国語でテンションあげあげでいることは、ある意味コスプレして舞台で別人格を演じているようなもので。

そんなことノープロブレムよ〜と言う方を、心より尊敬申し上げまする。

本日、昨日の疲れからかイタリア語のレッスン中、意識が漂流しそうになるわ。
セール前のお洋服衝動買いしそうになるわ。
(思いとどまったけどね)
by kyokokyoko0504 | 2011-06-18 03:14 | イタリア語