ベルリンの壁

ベルリンに行って「何はともあれこれは見とかないとだめでしょう」というのが、ワタクシたちにとっては「ベルリンの壁」だった。

大学のときにリアルタイムで崩壊したのよね。
それまで東西冷戦は普通の事だったのよね。
マンガ(エーベルバッハ少佐大好きだった!)にも描かれるくらいにね。

うちのムスコにはまったくなじみがないようだけど……(-_-)

今生きている人類の中で、すでに我々は「歴史を生きている」グループに入ってしまっているのよ。
じいちゃんばあちゃんが第2次世界大戦を知っているのと同じように。

歴史なんだけど、教科書の歴史じゃないところを見に行くべく「ベルリンの壁どこにあるんだろうね」(撤去されとるわ!)なんてボケた事をいいながら地図を見てみると「跡」表記はある。
それがちょうどウンターデンリンデンから歩いて行って、ブランデンブルク門を出たところにあるのを見つけた。
「うーんどのへんだろ?」と暗闇の中、地面を探していたらありましたよ。
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本当にブランデンブルク門の真ん前。
西ベルリン市民には、突然この門が「壁の向こうに頭だけ出して見える門」になっちゃったんだなあ。
一大観光地になので、夜でもわかるような電飾入りの記念碑は立っていた。
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ベルリン市は旧東ドイツ領土の内部に位置している。
(ちなみに西ドイツは「イギリス」「フランス」「アメリカ」の三国管轄)
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東西に分断されて出来た西ベルリン市は、まわりを東ドイツに囲まれた西ドイツの「飛び地」的な存在になってしまった。
壁建設の最初のアナウンスは「西側からの軍事攻撃に備えて、東ベルリン市民を防御するため」だったけれど、本当の意味は「東ベルリン市民の逃亡阻止」。

東ベルリン→西ベルリン→西ドイツ→資本主義国へ。
このルートを遮断するための壁の高さは、実はそんなに高くはなかった。
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170cmのダンナの倍弱の高さだから、3mくらい?
もっともっと高いイメージがあったのにね。
これでもよじ上れなかったんだ……

実はこの壁は二重になっていて、東側にもう1枚壁があったそう。
その壁と壁の間が「無法地帯」になって番犬が走り、監視カメラが見張り、一枚をよじ上る事はできても、2枚目に辿り着かなかったらしい。

翌朝ワタクシたちが行った「現存する壁」の場所はちょうど墓地の前にあり、ああ西ベルリン市民はお墓参りも突然できなくなったんだ、と思うと歴史が身にしみましたよ。

ちょうどそのあたりは東の地区で、街の風景がなんだか違う。
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建物がフランクフルトと全然違う。
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公園も芝がはげて、荒れた感じ。
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並木がまだ細くて、ここ数年で東側もどんどん整備をはじめていることを感じさせたよ。

ブランデンブルク門なんて超一級の観光地にも、ちょっとさびれたはずれた場所にも、あの歴史の証人は残っておりました。
by kyokokyoko0504 | 2010-08-05 12:17 | おでかけ